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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)27号 判決 1995年3月07日

東京都千代田区丸の内1丁目1番2号

原告

日本鋼管株式会社

同代表者代表取締役

三好俊吉

同訴訟代理人弁理士

細江利昭

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

佐伯義文

山田幸之

井上元廣

吉野日出夫

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第8018号事件について平成5年11月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「鋼管-コンクリートの合成杭用鋼管」と題する発明(以下「本願発明」という。)について、昭和58年8月11日、特許出願をした(昭和58年特許願第145760号)ところ、平成2年3月15日、出願公告された(平成2年特許出願公告第11792号)が、特許異議の申立てがあり、平成5年2月10日、」上記異議申立ては理由があるとする決定とともに、拒絶査定を受けたため、平成5年4月30日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成5年審判第8018号事件として審理した結果、平成5年11月30日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、この審決書謄本を、平成6年1月17日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「少なくとも片面に圧延方向に対して平行に連続した下記に示す条件を備えたストライプ状の突起を有する鋼板をズパイラル製管してなる鋼管-コンクリートの合成杭用鋼管

2.0mm<h≦4.0mm

θ≧30°

0.05≦h/SR≦0.15

2.0mm≦Wt≦10.0mm

ただし、h;突起の高さ、θ;突起の立上り角度、SR;突起の間隔、Wt;突起頂部の幅」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和40年実用新案出願公告第14282号公報(以下「引用例1」といい、引用例1記載の発明を「引用発明1」という。別紙図面2参照)には、「山形、波状等其他適宜断面形状を有する条縞1・・・を内壁に設けた管2の内部に、外壁に適宜断面形状の条縞3・・・を設けた管4を内装し、これ等の外管2と内管4間の間隙にモルタル又はコンクリート等の充填剤5を充填したもので外管2及び内管4は両面に条縞を形成する場合もある。尚外管2及び内管4を所要の条縞付帯鋼を螺旋状に筒巻きして構成する場合は、その条縞の同きは帯鋼長手方向又は幅方向何れでもよい。本考案は上述のような構造を有し、杭、・・・其他の用途に適する」(左欄下から10行ないし右欄1行)ことが記載されており、その効果として、「突起条の条縞1、3のため内部充填物層の密着結合性が良好である利点を有する」(右欄7、8行)ことが記載されている。

昭和53年特許出願公開第53021号公報(以下「引用例2」といい、引用例2記載の発明を「引用発明2」という。)には、「不連続突条7の形状と、コンクリートの付着性との関係において、付着性に影響を及ぼす原因としては、前記不連続突条7の高さh、うちのり間隔P、純投影長さ、管軸とのなす角度及び立上り角α等がある」(4頁左上欄下から5行ないし1行)こと、「不連続突条7間のうちのり間隔Pと、前記不連続突条7の高さhとの比P/hが大きいときは、前記不連続突条7の側面のコンクリート13が局部圧縮応力によって破壊される。前記P/hが小さいときは、前記不連続突条7の頂点間を結ぶ線に沿ってコンクリート13がせん断破壊される。したがって最も破壊に対して効果を上げられるのは前記両者が同時に起こるとき」(3頁右下欄2行ないし9行)であること、「hにはある程度限度(板厚にもよるが5mm程度)があり、この限度(2~5mm)内のhに対して・・・中略・・・不連続突条7のうちのり間隔Pを決める」(4頁左上欄4行ないし7行)こと、「前記不連続突条7の立上がり角αは、大きい程付着性が良いといえるが、45°以上であればその付着性状に顕著な差異はみられない」(4頁右上欄下から4行ないし1行)こと、が各々記載されており、また、従来技術として、突起5の頂部巾」は2mmである旨(3頁左上欄6行)記載されている。

(3)  本願発明と引用発明1を対比すると、引用発明1の「条縞付帯鋼」、「螺旋状に筒巻き」は、それぞれ本願発明の「ストライプ状の突起を有する鋼板」、「スパイラル製管」に相当し、引用例1の「条縞の向きは帯鋼長手方向」なる記載から、条縞(本願発明の「ストライプ状の突起」に相当)は、帯鋼の圧延方向に対して平行に連続していることは明らかであるから、両者は、片面に圧延方向に対して平行に連続したストライプ状の突起を有する鋼板をスパイラル製管にしてなる鋼管-コンクリートの合成杭用鋼管である点で一致する。

これに対し、本願発明は、突起の形状について

(イ) 2.0mm<h≦4.0mm

(ロ) θ≧30°

(ハ) 0.05≦h/SR≦0.15

(ニ) 2.0mm≦Wt≦10.0mm

ただし、h;突起の高さ、θ;突起の立上り角度、

SR;突起の間隔、Wt;突起頂部の幅

の数値限定があるのに対し、引用発明1にはそのような数値限定がない点で相違する。

(4)  相違点のうち、(イ)は、引用例2には、突条7の高さhの限度は、2mm~5mm内である旨記載されており、これは、本願発明の数値限定の範囲と重複する部分を有していること、(ロ)は、引用例2には、突条7の立上がり角αは、45°以上であればよい旨記載されており、これは本願発明の数値限定の範囲に含まれていること、(ハ)は、引用例2には、前記P/hが大きいときは、前記突条7の側面のコンクリート13が局部圧縮応力によって破壊され、前記P/hが小さいときは、前記突条7の頂点間を結ぶ線に沿ってコンクリート13がせん断破壊される旨記載されており、これは、突条7の間隔をSRで表すと、h/SRが小さいときは、突条7の側面のコンクリート13が局部圧縮応力によって破壊され、h/SRが大きいときは、前記突条7の頂点間を結ぶ線に沿ってコンクリート13がせん断破壊されることを意味しており、h/SRは、小さ過ぎることもなく、大き過ぎることもない適切な値でなければならないことを示唆している。そして、引用例2には、鋼管-コンクリートとの付着強度を向上させるという、本願発明と共通の課題が記載されており、また、突条7の形状と、コンクリートの付着性との関係において、付着性に影響を及ぼす原因としては、前記突条7の、高さh、うちのり間隔P、純投影長さ、管軸とのなす角度及び立上り角α等があることが記載されているので、本願発明における突起の形状についての前記(イ)ないし(ハ)の数値限定に必要な項目がその必要性とともに全て記載されているものと認められる。さらに、(ニ)は、突起頂部の幅は、小さ過ぎれば応力的に耐えられないし、大き過ぎても無駄になることは明らかであり、また、引用例2には、従来技術として、突起5の頂部巾jが2mmである例が記載されており、これは、本願発明の数値限定の範囲に含まれている。以上により、本願発明は、引用発明1の条縞の形状について、突条7の高さ、突条7の立上り角度、突条7間のうちのり間隔Pと前記hとの比P/hの逆数、突起5の頂部巾jのそれぞれに対応する突起の高さ、突起の立上り角度、突起の高さと突起のうちのり間隔との比、突起頂部の幅について適宜、実験を行うことにより、前記の数値限定を行うことは当業者が容易になし得たものと認められる。そして、本願発明は、上記の構成を採ることによって格別の効果を奏するものとも認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明1、2に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、(ロ)及び(ハ)の数値限定が容易に想到し得たとした点は争うが、その余は認める。同(5)は争う。審決は、上記(ロ)及び(ハ)の数値限定を格別困難ではないとしたが、この判断は誤りであるから、審決は違法であり、取消しを免れない。

まず、本願発明の(ロ) θ≧30°の数値限定についてみると、引用例2には、不連続突条7の立上がり角αについて「大きい程付着性は良いといえるが、45°以上であればその付着性状に顕著な差が見られないので45°以上とする」(4頁右上欄下から4行ないし末行)との記載がある。すなわち、引用例2は、本願発明の突起の立上り角θが45°以下の場合については、単に「大きいほど付着性は良いといえる」と記載するのみで、何ら臨界的な数値の存在を示唆するものではない。これに反して、本願発明は、「突起の立上り角度θが30°未満の場合は、くさび作用によるすべりa、肌離れb、割裂ひび割れcが生じ、付着耐力が低い。従って、突起の立上り角度θはθ≧30°が必要条件である。」(本願発明の出願公告公報5欄20行ないし23行)とあるように、突起の立上り角θは、少なくとも30°以上でなければ充分な付着耐力が得られないという知見に基づくものであり、かつ、引用例2の示唆の範囲外である30°以上であれば充分であるという知見に基づくものである。

したがって、θ≧30°という限定は、引用例2の示唆の範囲外の値に臨界性を見いだしてなされたものであり、引用例2の上記記載に基づいて当業者が容易に想到し得たことではない。

次に、本願発明の(ハ) 0.05≦h/SR≦0.15の数値限定についてみると、引用例2には、「前記不連続突条7間のうちのり間隔Pと、前記不連続突条7の高さhとの比P/hが大きいときは、前記不連続突条7の側面のコンクリート13が局部圧縮応力によって破壊される。前記P/hが小さいときは、前記突条7の頂点間を結ぶ線に沿ってコンクリート13がせん断破壊される。」との記載があり(3頁右下欄2行ないし7行)、この記載からすると、当業者は適宜実験を行うことにより容易にh/SRの最適範囲を見いだすことができるかのごとくである。

しかし、上記記載は、これに続く「したがって、最も破壊に対して効果を上げられるのは、前記両者が同時に起こるときであって、次のようになる。すなわち、P×U×Fs=h×U×Fc・・・(1)」との記載(3頁右下欄7行ないし11行)を導くために記載されたものであって、引用例2においては、上記(1)で表されるときが最も好ましいことを示唆しているのである。そして、上記のPが本願発明におけるSRに対応することは審決も認めるところであるから、引用例2の記載は、h/SR=Fs/Fcのときが最適の状態であることを示唆していることになる。コンクリートにおけるFs(コンクリートの直接せん断強度)とFc(コンクリートの部分圧縮強度)の比については、1891年11月20日に発行された「改訂新版コンクリート工学ハンドブック」にτu/fcとして記載されている(406頁表9.3.3)が、上記の表によれば、普通コンクリートにおける上記の値は0.24~0.28が最適であることを示しているから、これによれば、引用例2はh/SR=0.24~0.28が最適であることを示唆することになる。

これに対して、本願発明においては、引用例2が示唆する上記値から外れた0.05≦h/SR≦0.15が最適であることを見いだしたものであるから、この数値限定が引用例2から示唆を受けるものでないことは明らかであり、したがって、当業者が適宜実験で得られるとした審決の判断は誤りである。

以上のとおりであるから、本願発明の採択した数値限定は、当業者が容易に想到し得たものではなく、相違点についての審決の判断は誤りというべきである。

3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

まず、突起の立上り角θについて述べると、本願発明のθに相当する引用発明2のα≧45°は、本願発明の数値限定の範囲θ≧30°を充足しているものである上、さらに、引用例2には、不連続突条7の立上り角αについて「不連続突条7の立上り角αは、大きい程付着性は良いといえるが、45°以上であればその付着性状に顕著な差がみられないので45°以上とする。」(4頁右上欄17行ないし20行)と記載されている。この記載は、45°以上であれば、一応充分な付着耐力が得られることを示すものであって、45°を下回った値を否定するものではないと解するのが相当である。一方、本願明細書中には、30°以上にしたことにより30°以下の場合と比較して、どの程度の強度が得られるのかについても、定量的には何ら記載されていない。してみれば、θ≧30°という限定は、引用例2に記載された不連続突条7の立上り角の必要な付着耐力が得られる範囲を再確認することにより得られたに過ぎず、当業者が引用例2に記載された不連続突条の立上り角に関する記載に基づいて、45°を下回る値についても適宜実験を行うことにより得られたとするのが相当である。

また、本願発明の(ハ) 0.05≦h/SR≦0.15の数値限定についてみると、原告が援用する「改訂新版コンクリート工学ハンドブック」に記載の表9.3.3のコンクリートのせん断強度は、その強度試験の条件も不明であるから、そこに示された「圧縮強度」及び「せん断強度」の値を引用例2の鋼管コンクリート杭における式(2)の「部分圧縮強度」及び「直接せん断強度」に直ちに適用することはできない。このことは、引用例2に「Fc;コンクリートの部分圧縮強度(不連続突条の高さh、コンクリートのかぶり寸法の影響を受ける)」(3頁右下欄16行ないし19行)と記載されているように、コンクリートの部分圧縮強度Fcの値は、条件により異なることからも明らかである。したがって、前記ハンドブックの「圧縮強度」及び「せん断強度」の値を引用例2にそのまま適用することはできず、また、たとえ適用したとしても、得られたτu/fcの値を引用例2のFs/Fcの最適値とすることはできない。

さらに、一般に、工学の分野においては、理論値と実験値が乖離しているのが常識であり、このような乖離が存在することの原因を追求することが工学における基礎的な研究対象となっていることを勘案すると、引用例2の式(2)と前掲書の記載から、h/SR=0.24~0.28が得られたとしても、かかる値に何らの疑いも抱かないことがむしろ不自然であり、当業者であれば、このような理論値が信頼できるものであるか否かについて検証することの方が自然である。

したがって、前記の表9.3.3の記載を援用して、引用例2は、h/SR=0.24~0.28が最適であることを示唆するものであると断定することはできず、むしろ、上記記載に基づいて適宜実験を行うことにより、最適値を確認することが当業者にとって自然である。

以上のとおりであるから、上記の各数値限定は、引用発明1、2に基づき、当業者が適宜実験を行うことにより得られたものであるから、相違点についての審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3並びに審決の理由の要点のうち、相違点についての判断中、本願発明の採用した前記要旨中の(ロ)及び(ハ)の数値限定の想到容易性の判断を除くその余の点はいずれも当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証の1(本願発明の出願公告公報)、同号証の2(平成3年2月7日付け手続補正書)及び同号証の3(平成5年5月31日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。

本願発明は、鋼管コンクリート杭又は鋼管鉄筋コンクリート杭において、鋼管とコンクリートの付着強度を向上させた合成杭用鋼管に関する発明である(前記公報1欄下から3行ないし2欄2行)。大地震に耐えられる鋼管とコンクリートの接合面に必要な付着強度は約50Kg/cm2である(前同欄3行ないし9行)ところ、鋼管内面に遠心力成型によりコンクリートを打ちつけ、高温高圧蒸気養生の方法で製造される既成の鋼管コンクリート杭では、鋼管とコンクリートとの付着強度が30kg/cm2程度得られるが、品質管理の行き届いた工場生産による製造に限られること及びコンクリートの付着強度を確保するために、コンクリート硬化時の収縮を防止する膨張材の混和が必要であること等のため、価格が高いという問題点がある。さらに、大地震時の地盤変位による変形が大きい場合には、鋼管とコンクリートとの付着が切れる恐れがあり、また、既成の鋼管コンクリートは大口径(1000φ~2400φ)のものには実際上適用できず、また、通常の場所打ち鉄筋コンクリート杭も大地震時の応力で設計した場合には鉄筋量が多くなり、配筋が不可能になるなどの問題点がある(前同欄16行ないし3欄26行)。そこで、本願発明は、上記各問題点の解決を課題とし、鋼管とコンクリートとの付着力を向上させ、合成効果を評価した設計を可能とする鋼管コンクリート杭又は鋼管鉄筋コンクリート杭を得ることを目的として、要旨記載の構成を採択したものであり(前同欄27行ないし4欄1行)、この結果、鋼管とコンクリートの付着強度を最大限向上させることができ、鋼管とコンクリートの合成杭としての合成効果を高めた耐震設計の鋼管コンクリート杭又は鋼管鉄筋コンクリート杭を低価格で提供することを可能にしたものである(6欄43行ないし7欄5行、平成3年2月7日付け手続補正書5頁(9)))。

3  取消事由について

原告は、相違点についての審決の判断のうち、本願発明が採用した(ロ) θ≧30°及び(ハ) 0.05≦h/SR≦0.15の各数値限定を容易に想到し得たとする審決の判断の当否についてのみを争うので、以下、この点を順次検討する。

(1)  θ≧30°の数値限定について

前掲甲第2号証の1によれば、本願明細書には、θの技術的意義について、「次に第4図に示した鋼管コンクリート押抜き試験の後に試験体を切断し、コンクリート4の破壊状況を観察して分類したものを第6図に示す。第6図に示すように、破壊パターンⅠの条件、すなわち突起の立上り角度θが30°未満の場合は、くさび作用によるすべりa、肌離れb、割裂ひび割れcが生じ、付着耐力が低い。従つて突起の立上り角度θがθ≧30°以上で、突起の高さhと突起の間隔SRとの比h/SRが0.15を超える場合は、コンクリートのせん断破壊gが生じ、脆い破壊を起こすため好ましくない。破壊パターンⅡの場合は局部圧壊d、コンクリート間のすべりe、内部ひび割れfを生じるが、付着強度も高く、ねばり強い破壊性状を示す。従つて破壊パターンⅡの条件、すなわち突起の立上り角度θ及び突起の高さhと突起の間隔SRとの比h/SRが、

θ≧30°

0.04≦h/SR≦0.15

の場合が適切な突起といえる。」(5欄16行ないし36行)との記載が認められる。

以上の記載によれば、θは鋼管内部に設けた突起の立上り角度であり、θが30。未満の場合には、すべりa、肌離れb、割裂ひび割れcが生じ、鋼管とコンクリートとの付着耐力が低いことが認められるところであるが、前記記載からすると、θに関する上記の数値限定は、適宜、実験的に検証して、これを設定したものと認められるところである。

そこで、次に、引用発明2について検討すると、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例2には、「合成鋼管およびその製造方法」と題する発明に関しで、「この発明は鋼管内側に装填されたコンクリートの付着性を改善して耐力、耐久性を向上させた合成鋼管およびその製造方法に関する。」(2頁左上欄6行ないし8行)、「前記不連続突条7の形状と、コンクリートの付着性との関係において、付着性に影響を及ぼす原因としては、前記不連続突条7の、高さh、うちのり間隔P、純投影長さ、管軸とのなす角度及び立上り角α等がある。・・・なお、前記不連続突条7の立上り角αは、大きい程付着性は良いといえるが、45°以上であればその付着性状に顕著な差はみられないので、45°以上とする。」(4頁左上欄下から5行ないし右上欄末行)との各記載及び不連続突条の断面を示した第4図が認められる。

以上の記載及び図面によれば、引用発明2は、本願発明と同一技術に関するものであり、その立上り角αは本願発明の立上り角度θに相当することは明らかである。そして、立上り角αが、鋼管とコンクリートとの付着性に影響を及ぼす要素であること、立上り角αと上記付着性の程度との間には、αが大きくなるつれて付着性も向上するとの関係があり、αが45°以上では顕著な向上を示さないことが開示されているものということができる。

ところで、原告は、引用例2の立上り角αの上記45°の開示をもって下限においても臨界的意義を有する数値の開示であるとして、当業者であるならば、上記開示を更に下回る立上り角を採用することは容易に想到し得なかったと主張するので、以下、この点について検討すると、上記記載によれば、引用例2は、立上り角αと付着性の強さとの関係は、角αが約45°に至るまでは付着性の強さがほぼ比例的に増大する関係にあることを開示していることは明らかであり、このことからすると、付着性の強度は立上り角αの増加とともに次第に増加し、立上り角45°でほぼ最高値に達するものと解することができる。そして、前掲甲第4号証によって引用例2を精査しても、鋼管コンクリートが必要とする付着強度と上記立上り角αとの関係によって規定される付着強度の相関的な関係についての言及はないが、付着強度はその性質上、大きい方が好ましいことは容易に推認可能であることからみて、引用発明2において立上り角45°を採用したことの技術的意義は、前記のとおり立上り角との関係によって得られる付着強度のほぼ最高値を採用したことを意味し、この意味で立上り角の上限値を開示しているものとみるのが相当である。

しかしながら、前掲甲第4号証によって引用例2を精査しても、上記45°より下限方向の立上り角と付着強度との関係を定量的に示した記載は全くなく、かえって、前記の立上り角αと付着強度との関係が比例的関係にあるとの記載からみて、立上り角30°の場合にも相当程度の付着性を有するものと推認することが可能であり、この意味で、引用例2の前記記載をもって、前記の立上り角45°が鋼管コンクリートに必要とされる付着強度の下限を画する臨界的な数値であるとまで認めることはできないというべきである。

したがって、引用例2の上記開示から、付着強度との関係において、立上り角45°が立上り角の下限を画する臨界的な意義を有する数値であるとまで解することができない以上、引用例2の上記開示を参考にして、適宜、実験的に付着強度と立上り角との関係を確かめながら、本願発明の採用した立上り角θを想到したとしても何ら不合理ではないというべきである。のみならず、本願発明の立上り角度θは、引用発明2の立上り角45°以上を含む点において両者は何ら異ならないのであって、これらの点からすると、本願発明の採用した前記立上り角度θをもって、格別想到困難であったとすることはできないというべきである。

したがって、この点に関する審決の判断に原告主張の誤りはない。

(2)  0.05≦h/SR≦0.15の数値限定について

前掲甲第2号証の1によれば、本願明細書には、θの技術的意義について、「第7図に、第4図に示した鋼管コンクリート押抜き試験の結果得た単位突起面積当りのすべり抵抗力Q/Abと、突起の高さと突起隔(「間隔」の誤記と認める。)との比h/SRの関係を示す。図から明らかなように突起の間隔SRが密になると、一つの突起当りの付着力が低下する。従つて、突起の高さhと突起の間隔SRとの関係にはある最適値が存在する。この関係を表したのが第8図である。第8図は突起部分の鋼材体積を等価な板厚に慣算(「換算」の誤記である。)した値Δtに対する最大付着応力度τbmaxの変化を示したものである。この図からわかるように、突起の高さhと突起間隔SRとの比h/SRを大きくする。すなわちΔtを大きくしても、最大付着強応力度τbmax(「最大付着応力度」の誤記と認める。)はある最大値以上は大きくならない。鋼管コンクリート杭及び鋼管鉄筋コンクリート杭に用いられる鋼管とコンクリートの間に必要な付着強度τbreqは、大地震時において約50kg/cm2であるから、第7図(「第8図」の誤記である。)において最大付着応力度τbmaxを超えて最大値に達するまでの突起が適切な突起形状といえる。」(5欄37行ないし6欄12行)との記載が認められる。

以上の記載によれば、本願発明におけるh/SRの比の設定は、鋼管コンクリートの付着応力に関係を有するもので、突起の高さhと突起の間隔SRとの間には密接な関連があり、突起の間隔SRが密になると付着耐力が低下することから両者の間には最適な関係があるとの知見に基づくものであるということができる。

そこで、この点を引用例2についてみると、前掲甲第4号証によれば、引用例2には、「第4図に示されるように、前記不連続突条7間のうちのり間隔Pと、前記不連続突条7の高さhとの比P/hが大きいときは、前記不連続突条7の側面のコンクリート13が局部圧縮応力によって破壊される。前記P/hが小さい時は、前記不連続突条7の頂点間を結ぶ線にそつてコンクリート13がせん断破壊される。したがつて最も破壊に対して効果を上げられるのは前記両者が同時に起こるときであつて、次のようになる。すなわち、

P×U×Fs=h×U×Fc・・・・・・(1)

〔ただし、P;不連続突条のうちのり間隔

Fs;コンクリート直接せん断強度

U;鋼管内面の周長

h;不連続突条の高さ

Fc;コンクリートの部分圧縮強度

(不連続突条の高さh、コンクリートのかぶり寸法の影響を受ける)〕

前記(1)式より、

<省略>

が得られる。このように不連続突条の高さhが大きい程、コンクリートとの付着性は増すが、製造上、hにはある程度限度(2~5mm)内のhに対して前記(2)式より不連続突条7のうちのり間隔Pを決める。」(3頁右下欄1行ないし4頁左上欄8行)との記載を認めることができる。

そして、成立に争いのない甲第5号証(岡田清他1名編、改訂新版「コンクリート工学ハンドブック」、1981年11月20日株式会社朝倉書店発行)には、コンクリートの圧縮強度(fc)とせん断強度(τu)の関係について、普通コンクリートについては、τu/fcの値がルールニア法、間接一面せん断及び圧縮・引張2軸試験の各試験法において、0.24~0.28の範囲にあることが認められる(406頁表9.3.3)ところ、上記τuはFsに、同fcはFcにそれぞれ相当することは明らかであるから、上記の表に記載されたτu/fcの値0.24~0.28を基に前記(2)式によってPを求めると、原告主張の0.24~0.28を得ることができるところ、原告は、以上のことからすると、引用例2がh/P、すなわち、本願発明のh/SRとして開示しているのは0.24≦h/P≦0.28であるから、同引用例から本願発明の0.05≦h/SR≦0.15の数値限定を採用することについての示唆は得られないと主張する。

そこで、この点について検討すると、前記認定のとおり、引用例2には、不連続突条7間のうちのり間隔Pと、前記不連続突条7の高さhとの比P/hが鋼管とコンクリートとの断裂破壊に関係を有すること、すなわち、比P/hが大きい時には局部圧縮応力による破壊が、また、小さい時にはせん断破壊がそれぞれ起こることを指摘し、破壊防止上、最も効果的であるのは前記(1)式の関係が成立するときであるとの専らコンクリートの破壊強度に関する知見の観点から検討し、これに基づいて、うちのり間隔Pを導いたものであるということができる。

しかしながら、そもそも引用発明2のうちのり間隔Pは、前掲甲第4号証によれば、隣接する不連続突条の突起頂部の端部間の距離である(第4図参照)のに対して、本願発明における突起の間隔SRは、前掲甲第2号証の1によれば、隣接する突起の頂部中心間の距離である(第3図(b)参照)ことが認められるから、前者においては突起頂部幅が考慮されていないことは明らかであり、両者はこの点において既に異なるものであって、これを同一視して引用発明2のh/Pと本願発明のh/SRを対比することは、比較の前提を異にするものであって、正確ではないといわざるを得ない。さらに、この点はさておくとしても、前掲甲第4号証によって引用例2を精査しても、前記認定の専らコンクリートの破壊強度に関する知見の観点のみの検討によって鋼管コンクリートの鋼管とコンクリートの付着破壊のメカニズムが解明し尽くされたとすることはできない(例えば、引用例2には、本願発明において問題とされている鋼管の突起頂部の幅Wtに関し、従来技術に関する記載中では触れているが、引用発明2においては考慮されていないし、前掲甲第2号証の1及び同第4号証によれば、本願発明と引用発明2はいずれも同一出願人であることが認められるが、本願明細書を精査しても、引用例2の前記知見の妥当性について何ら触れていない。)上、上記の知見の妥当性を実験的に検証した記載も窺われないことからすると、引用例2に接した当業者が、引用例2に示された上記知見に基づく前記の数値を実験的な検証を不要とする程の臨界的な意義を有する数値として理解するものと断定することは困難といわざる得ない。

そうすると、引用例2から計算上算出される前記比h/Pの数値の示唆に従い、当業者が、妥当な数値を求めて更に実験的検証を行うことは、かかる工学の分野においては、当然に予想されるところであって、現に、前掲甲第2号証の1によれば、本願発明者においても、専ら実験的にh/SRの数値を得たものであることは明らかである。しかも、h/SRの比率を規定する要素のうちの突条の高さhは、専ら製造上の理由から2~5mmの範囲内に制約されることは引用例2の前記記載部分から明らかである(なお、前掲甲第2号証の1によれば、本願明細書にも「ガリバー圧延によつて突起の高さhが4mmを超える突起を出すことは非常に困難である。従つて、突起の高さhは2mm≦h≦4.0mmの範囲が適切である。」(5欄11行ないし15行)との記載があり、この点は、引用例2と概ね同様といってよい。)ことからすると、突起のうちのり間隔であるPないしは頂部間距離SRを適宜変えて実験を行うことを格別困難とすることはできない。

以上によれば、引用例2の前記知見に基づくh/Pの数値をもって臨界的な意義を有する数値であるとまでいうことはできないから、これを更に実験的に検証して、本願発明のh/SR数値を得たことをもって当業者が容易に想到し得ないことであったとすることはできない。

(3)  以上の次第であるから、相違点のうち、上記の各数値限定についての審決の判断に誤りがあるとすることはできず、審決に原告主張の違法はない。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

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別紙図面2

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